0160【闌Ⅰ ~P・B・F(プリンセスバニー・オブ・ファイア) with エスパーユッコ~】

 倶利伽羅の背中越しに不可視の巨大な力の塊が十常侍目掛けて放たれ、炎が渦を巻いて大地に広がる。死をもたらす鐘の音もろとも写し身は業火に呑まれ、灼熱に包まれながら死の舞踊を繰り広げる凄絶な光景が顕現する。突然の反撃に混乱する十常侍に対して、無駄なあがきを嘲るかのような笑みを浮かべる張醸。しかし、十秒とせずにその下卑た笑みはぐにゃりと崩れ、表情に明確な焦りを滲ませた。倶利伽羅は燃え盛る写し身など早々に消して、新しく出し直せばいいのに、と不審がってその場から動けずにいる。理由は明白である、そうせずにいるのは『しない』のではなく『できない』から。

「――あなたでは消せませんよ、『私の火』は」

 その呼び掛けに反応して顔を上げた張醸の顔が凍りつく。そして、振り向いた倶利伽羅の表情もあまりの驚愕から固まっていた。視線の先には、先程火達磨と化して焼き殺されたはずの愛梨が、平然と立っていた。よく見るとその炎の隙間から、火傷ひとつ無い愛梨の肌が見えた。服は燃え尽きていたが彼女は生きていた。それも張醸の宝具で燃え死んだのではなく、自らの意思で発した火を以て空気の障壁を生み出し、音波を防いでいたのだと自らの口で説明をする。

 炎の膜が弾けるように開き、中から兎を模した毛皮のような炎をまとう愛梨が姿を見せた。その表情は、これまでのぼんやりしていたアイドルのそれではない、可憐さを微塵も失う事無く凛々しさを併せ持った戦士の様相だった。小癪な、と張醸が鐘を突き付け再度音波を発しようとするが、またも苦虫を噛み潰したような顔で震えたまま動かない。直前に裕子が何か叫んでいたようだが、それに関係があるようだ。

「サイキック・バインド、成功です!」

 裕子はトレードマークであるスプーンを持ち、張醸に張り合うかのように手を突き出して何か念じている。その体の輪郭に沿って淡い緑色の光が放たれており、それが張醸に作用し身体の自由を奪っていると思われる。この“護衛対象が異能の持ち主”と言う状況は倶利伽羅にとっても甚だ予想外だった。護衛など全く必要では無さそうな戦闘能力を有するアイドルを目の当たりに、自分の存在価値を真剣に考えかけた倶利伽羅。だが、ここで思考を止めるは恥以外の何者でも無い、自省と共に行動を開始する。

「・・・怒髪天衝! この張醸を、舐めるな小娘ぇ!」

 張醸が精神力で裕子のサイキック・バインドとやらを引きちぎり、構えた鐘を鳴らそうとした瞬間懐に何かが飛び込んでいた。

「・・・こ~の鋼家の倶利伽羅さんも、舐~めてくれるなよっとォ!」

 鐘を持つ手が蹴り上げられ、その脚が垂直に振り下ろされ張醸の脳天に倶利伽羅のかかとが叩き込まれる。体形だけを見ると小太りの中年にしか見えない張醸は、受け身もとれずに呻き声を上げながら地面に倒れ込む。その頃残った写し身は愛梨によって九体全て燃やされており、彼女が火を消すまで再生も叶わないだろう。全ての攻撃を封じられ、数の有利も覆され今ここに張醸は完全敗北を喫す。

「敵性対象の無力化を確認、能力制限を再設定する」

 そう言いながら、先に刃を受けて倒れていたはずの舘林が姿を見せる。しかし、血色も元に戻っているし何か様子も変だ。まず髪型が違う、逆立って額が丸見えである。目つきも違う、瞳孔が開いていると言うか、色も変わっているように見える。そして性格が違う、元は口調からおどおどしていたのに今は堂々としており、心なしか節々に俺様系の臭いがする。裕子曰く『舘林は二重人格であり、元の人格が危機に瀕したり意識を失ったりした場合もうひとつの人格が現れる』らしいが、倶利伽羅は理解が追いついておらず、唖然として「そもそも能力って何」としか言えなかった。




  • 最終更新:2018-11-05 17:48:59

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