0031【黒の剣士】

 翌日、倶利伽羅はある人物に呼び出されて和環のある屋敷にやって来ていた。そこは陶芸家・魁峰院一門の工房で、家一件建つくらいの坪の客間で待つように言われる。部屋に飾られたいくつかの陶芸の中、一際目を引く粗末な陶器があった。それを含めて鑑賞しながら待っていると、作務衣姿の小太り爺さんが背の高い化粧っけのない美人と共に入室。陶芸家が自分に何の用かと身構えていると、どうやら田んぼの土を搬入した鋼家最初の依頼の件で直接礼を伝えたかったとの事。大の大人数人でやる作業をたった一人でこなしたとは思えない、決して巨きくは無いこの体躯でよくぞと手放しで倶利伽羅を褒める爺さん。

 話してみると何かと気の合う二人。だが倶利伽羅も長居は出来ないと腰を上げる。すると手ぶらで客を帰す訳には行かぬと言って弟子に持ってこさせた桐の箱を開く。中には、美しい模様の入った磁器の皿が一枚。まさかこれをくれるつもりかと聞くと、「他に気に入ったものがあればそれでもいい」と言われたので、待ち時間に見つけたあの陶器が欲しいと伝える。派手さは無いが、存在感があると言う倶利伽羅の評価を聞いた爺さん大笑い。実はこの陶器、今この部屋にある作品で一番高価なもので買値をつけるとこの皿を二枚買っても釣りが出ると言う。謙遜したつもりが余計高価なものを選んだ倶利伽羅だったが、一般人なら腰がひけたり受け取りを辞退しそうなこの場面で自分の目利きを誇り、有り難く頂戴すると言って懐に仕舞った。爺さんは倶利伽羅が気に入ったと言い、いつでも遊びに来いと言って玄関まで見送りに。同席した弟子が漏らした例の陶器を譲る決断を訝しむ発言に対し声を荒げる爺さん。何故あそこまで入れ込むのかと問われると「あれは将来確実に大物になる、株が上がる前に顔が売れたのだから安いものだ」と愉快そうに笑って工房に戻っていく。

 その後倶利伽羅は商店街でパンの耳とオカラと天カスを昼飯の足しにしようと安値で譲って貰う。だがその足は、夢が丘では無くいつしか路地裏に向かっていた。何か気になる気配がしたからだったが、不良同士が喧嘩しているだけ。一般人の戦いなど見ていても退屈だと離れようとした矢先、怒声が突然悲鳴に変わる。同時に突然大きな力の気配が増えたのを察知し振り返ると、其処に場違いな人物が現れていた。僅かに顔の見える全身甲冑の人物。背丈はそこまで大きくは無いので男女の判断は出来ない。だが、特筆すべきはその手にある漆黒の大剣が横たわる不良の体に深々と突き刺している惨状そのもの。倶利伽羅が荷物を投げ捨てて急行、襲撃をかけるが紙一重で躱され、剣士は闇に消えた。

 刺されて息をしていない男子の体には、何故か出血どころか傷跡も服の損傷も無かった。倶利伽羅はその傍にしゃがみ込んだ後、取り出した鉄鞭の柄で額を叩く。直後、息を吹き返す不良男子。仲間か喧嘩相手かは定かでは無いが同席した別の不良連中に119番通報を言いつけ、剣士を追うと言って荷物を回収して走り出す倶利伽羅。だが既に気配は何処にも無く、この場を離れる為の名目であった。

 そしてその夜、机に座ってまじまじと鉄鞭を眺める倶利伽羅。自分の記憶では対象の精神を打つ力を持っているとあるが、こういう使い方もあるのか、とあの時咄嗟の思いつきを頭の中で反芻する。そして、あの剣士の持つ黒い剣もこれと同じく超常の世界で生まれた異能宿りし一振り。早苗が言っていた「和環で多発する猟奇事件」に関わりありと確信。この日から、倶利伽羅は夜廻りに出る事を院長に相談する。




  • 最終更新:2018-11-18 17:57:19

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